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集団的自衛権と安全保障

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シリアの戦闘機というか反政府勢力側を攻撃するロシア、トルコ側の戦闘機SU22を米中央軍戦闘機FA-18が18日撃墜したようです。 米軍司令部は、アサド政権側の反政府勢力への攻撃を人道的立場からやめるように再三申し入れを行っていたにも拘らずやまないため、集団的自衛権を行使したとの事です。 集団的自衛権とは言うまでもありませんが、同盟国などが攻撃されたとき、自国への攻撃と見なし反撃できる権利の事で 国連憲章など国際法で自然に認められています。従って米国は反アサド勢力を同盟国家と見なして、集団的自衛権を行使した事になります。ここで重要なポイントは同盟国家とみなすということがどんな意味を持つのか、とういことだと思います。 今、カタールはイラン寄りであってムスリム同胞団、ISやアルカイーダを含むテロ集団をある意味支援しているという事でアラブ諸国(GCC諸国)から国交断絶となっています。言うまでもなく日本はカタールから相当量の液化天然ガスを輸入していますし、中東における米軍中央司令部の基地はこの国にあります。 今のところ米国はサウジ寄りであって万が一武力衝突が発生したとしてもカタールが米ロの代理戦争の舞台になるということは考えにくい事は事実ですが日本のエネルギー安全保障の問題が起こる可能性は残ります。 中東諸国やロシアは原油や天然ガスに恵まれていますし、米国もシェールガスが豊富に確認され原油価格が一バーレル50ドル以上であればわざわざややこしい国々から買う必要もありませんね。 では日本の立ち位置はどうなるのでしょうか。まず今回の事で僕が疑問に思った事として、 ①国家とは言えない支援している政治的グループが他のグループから攻撃を受けたときにも集団的自衛権の適応がここまで拡大解釈できるなら、これは甚だ厄介な事になりそうです。 国内で立場の違う勢力(裏で他国から資金的援助を受けている暴力集団など)が政権の打倒を目指して武装蜂起した場合状況によっては第三国の軍事的介入を許してしまう事が予想できます。すなわち日本国内がいつでも代理戦争の戦場になってしまうこtや侵略されることが理論上は可能になってしまいます。*1 ②中東に依存する日本のエネルギー安全保障は今回のカタール問題が示すように非常に微妙なものです。ペルシャ湾を挟んでイランと向かい合う

無罪の推定

メディアなどではよく推定無罪という表現が使用されますが、法学上の本来の用語では無罪の推定(presumption of innocence)といい、主に刑事事案では検察官によって起訴された容疑者は私人であって起訴する方は国家権力であり立場の強弱があるため、「疑わしきは罰せず」という事になっています。しかもいわゆる蓋然性の形成だけでは不足であって、疑いのない証拠による立証が求められます。 ところで最近話題になっている日米での事案すなわち加計学園の件、ロシア疑惑の件には共通点がありそうなのでちょっとだけ触れてみたいと思います。 内部情報のメディアへのリークから始まること 疑いの余地のない証拠がなく推定の域で話が進んでいること プライオリティの高い案件よりも騒ぎが大きくなっていること 追求仕切れない事案は食い散らかして他に迷惑を及ぼすか風評被害をももたらすこと メディアによる「為の議論」の域を出ていないこと などがざっと挙げられますが順に分かりやすく解説してゆきましょう。 文科省の内部メモを私怨から外部にリークしょうとしたがあまりにリテラシーが乏しいのでほとんどのメディアが取り上げなかったにも関わらす一部のマスコミと野党とによって騒ぎになっています。一方大統領との会話のメモ(機密扱いとなる可能性が高い)を友人を通じてリーク。いうまでも文春とニューヨークタイムス、そして民進党と民主党 江田憲司民進党代表代行はその発言の中で何度も官邸の関与が推定されるというニュアンスを述べています、またトラ大統領への捜査妨害疑惑についても米民主党はコミー前FBI長官の議会証言後その意図が推定されるとコメントしています。いずれも出て来るエビデンスは証拠能力の乏しいものばかりで、仮にそれがすべて事実としてもどこに違法性があるのか、「I hope you can see your way clear to letting this go, to letting Flynn go.」と発言して脅迫や妨害として刑事事件の構成要件にあたるのか、です。 待機児童問題、教育の無償化、朝鮮半島問題や共謀罪を含むTOC条約への加盟問題などの多くの国民にとってプライオリティが高い問題の議論が殆ど深められず、森友の次は加計。一方概ね重要な政策に就いては選挙で決着がつくもIS掃討、中

B級中国語会話⑤

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これまた随分昔のお話で恐縮なのですが、僕が初めて一人で北京のレストランに行って驚いた事のひとつに、啤酒(ビール)についてですが注文すると戸棚から取り出して持ってくる、つまり冷えてないのです。現在ではそんなことは無いでしょうが20年くらい前はそうでした。「啤酒要冰镇的」(ビージョウヤオビンチェンラ)ビールは冷えてないと、と服务员(お店の人)にお願いしてやっと奥から冷えたのを持って来てくれました。でもやっぱりあまり冷えてはいませんでしたけれども。 さらに有名な王府井のお店ではテーブルの上にはゴミ袋を伸ばしたようなビニールのシートが被せられていました。食事につくときには外してくれるのか、と勝手に解釈してはいましたが注文した料理をもってきてくれても、そのビニールの上にドンドン置いてゆきます。こここれは、と思っているとそのうち僕は隣のカップルの様子を見てその訳が判りました。 中国の料理は豚肉にしても特に鶏肉は骨付きでそのまま料理する事が多く、その食べられない部分(結構大量)をどうするか、つまり一般の中国人客はバンバンテーブルの下に捨ててゆきます。でもこれだと後の始末が大変なのでテーブルの上の例のビニールの上にはき出すように配慮?されているのです。 従って服务员は客が帰ると皿やコップ類を片付けたあと、何食わぬ顔でビニールを端からまくり上げてバサッと持っていってはいおしましいテーブルも拭く必要もなくこりゃあ楽ちん。さすが社会主義国。 さていつもは屋台ですが、せっかく王府井ですからレストランに入ってみましょう。入り口でタスキをかけたお姉さんが、 您几个人?(ニンジーガレン) 何人様ですか?ときいてきます。これは定番表現ですのでよく耳にします。北京の独特な巻き舌発音でさえ平気ですね。 您要坐禁烟区还是吸烟区?(ニンヤオツオジンイエンチーハイシシーエンチー)禁煙席にしますかそれとも喫煙席にしますか?ときます。ここで覚えておくと便利な表現が○○还是✗✗ですね、つまり「○○ですかそれとも✗✗ですかどちらにしますか」というニュアンスです。 よく機内で耳にしますが「您喜欢鸡肉还是牛肉?」(ニンシーフアンジーロウハイシニョウロウ) 鶏肉にしますかそれとも牛肉ですか、ちなみに还是自体が疑問形になっていますので、最後の「吗」は必要ありません。最初の几个人と同じです。 请稍等